田舎でオール公立でも最高の教育を目指す

地方で子育てをする医学博士夫婦の教育論

使わないと衰える

今日は、教育ではなく介護の話です。

唐突ですが、健康長寿の秘訣って何だと思いますか?

バランスのとれた食事。

適度な運動。

もちろんそうだと思いますが、私は誰かに必要とされている事だと思っています。

必要とされている人は、意識して健康的な生活を心がけている、という理由もあるかもしれません。

悠々自適の引退生活を送る高齢者よりも、無職の息子や出戻りの娘と同居して養っていたり、配偶者の介護をしている高齢者の方が健康です。

「まだまだ死ねない」という気迫さえ感じる事があります。

どちらが幸せかはわかりませんが。。。


なぜこんな事を冒頭に書いたかというと、先日義両親との関係に大きな変化があったのです。

私と義両親との関係は良くも悪くもありませんが、10年以上も親戚としてお付き合いをしていると、まあ、水に流せるくらいの小さなことはイロイロある(お互いに)、といった感じです。

私はこれまで夫の希望もあって、義両親とうちの子供たちが接する機会をできるだけ作るように心がけてきました。

子供が熱を出した時にお願いすることもありましたが、それだけでなく、家族みんなで遊びに行ったり、逆に来てもらったり、誕生日会やクリスマス会などのイベントを企画し、子供たちの相手をしてもらったりしていました。

だいたい、月に1度にも満たない頻度でしたが。

しかし先日、今後のそういった付き合いについて向こうから丁重にお断りをされてしまいました。笑

風邪気味だった長女が義両親の家に遊びに行った時、その後義母にうつってしまったらしく、

「もう歳なので、風邪をひくとなかなか治らないし、何か事故があってもいけないし、孫の面倒をみることは引退したい」とのことでした。

気持ちはわかります。子供って、ただ見ているだけでも疲れますからね。

「孫に会いたい」というのは孫が1人とか2人とかの場合であって、4人もまとめて来られるとなると、家は散らかるしうるさいし、「あまり来ないでくれ」となるのもわかります。笑

加えてうちの長男と次男はモンスターですから、休日を一緒に過ごすと仕事をしている平日よりも疲れる事があります。


しかし義母はまだ60代…。一度こうなってしまうと、あとは体力も認知機能も落ちていく一方なんですよね。

介護が必要になる日というのは、ある日突然やって来ます。

徐々に衰えていって介護…というのではなく、ある日突然ストンと落ちて介護が始まる事がほとんどです。

その日が来るのを少しでも遅らせることができればと思って、老夫婦だけで暮らす義両親に孫を通して生き生きとした生活をしてもらおうと思っていたのですが、なかなか思うようにはいかないものです。

いくつか反省点があるとすれば、私たち夫婦が医療職でそういった急に介護が必要になる場面をよく目の当たりにしているだけに、義両親の介護に対する危機感が見透かされてしまったのかな、と思います。

それからできる限り、「お義父さんやお義母さんと一緒だと、私がゆっくりできて助かる」というスタンスでお誘いやお願いをしていたのですが、

実際は私が全力で子供の世話をしつつ義両親に迷惑をかけないように気をつかっていたので、言葉とは裏腹に全くゆっくりなどできていなかったのです。それも義両親にとっては居心地が悪いものだったのかな、とも思います。

あとは義母の性格上、勢いで言ってしまったのかもしれません。

義両親は、これからは私たち家族と関わらずに何のストレスも無く暮らせて幸せだと思っているかもしれません。

しかし、その幸せは長くは続かないと思います。

「嫌だ」とか「やりたくない」という理由でやらずに済んでしまったら、あとは衰えるだけです。

(勉強や仕事とまるで一緒ですね)

頭も身体も、使わないと衰えます。

もし、ご両親が健在でこれからもずっと元気でいて欲しいと願うなら、労ってあげるだけではなく、いつまでも子供として甘えて頼り続けるのも親孝行です。

美味しいものを食べさせたり、欲しいものを買ってあげるのではなく、連絡を取り、顔を合わせ、外に連れ出し、頭を使わせ、体を使わせ、仕事を与えて、家族の一員として必要とするのです。

時には「年寄をこき使うな」と文句を言われても、「いつもありがとう」と答えたらいいと思います。

人間は必要とされて頼られるのは嬉しいものですから。

親はいつまでたっても親なので、「いつまでも手のかかる子供だな」と言いながら世話を焼くことも、心の中では生きがいになっていたりするものです。

まぁ、今の私はこのやり方に失敗しているので偉そうな事は言えないのですが…。笑

たぶん私(嫁)ではダメで、息子(夫)が自分で頼らないとあまり効果がないのだと今回の件でよくわかりました。


様々なところで話題になりますが、介護というのは非常に過酷なものです。

急性期の病人の看病とはわけが違います。

回復する見込みのほとんどない人を最期まで看取るということですから、終わりの見えない報われない努力を場合によっては何年も続けることになります。

例えば脳卒中などで親が突然倒れた場合や認知症になった場合、実子でも介護を放棄するケースが少なくありません。

実親の介護すらできないのに義両親の介護なんて、男性女性に関わらずできるわけがありません。

特に男性の方にお願いしたいのは、妻を自分の親の介護の担い手にするのは絶対にやめていただきたい、ということです。

そんな考え方は古いと思われるかもしれませんし、「親の介護は実子(相続する人)が分担して負担する」という認識は広まりつつありますが、

しかし実情は、結局負担を強いられるのは、「収入のない妻(お嫁さん)」である場合が21世紀のこの時代でも少なくないのです。(地域差はあると思いますが田舎になればなるほどその傾向は残ります)

私が女性の自立を勧める立場をとっているのには、介護の問題も関わっていて、

自立さえしていれば「自分の親の介護はそれぞれ(費用負担も含めて)自分でしましょう。」とパートナーに提案できるのに、

自立していないと結局立場が弱くなり、夫の兄弟からも介護の担い手としてあてにされ、夫が仕事を続けて費用面で貢献する代わりに実働面の介護負担は妻が担う事が多いからです。

(たとえ運良く施設に入ることができたとしても、誰にも迷惑をかけずに死ぬことなんてできませんし、通院の付き添い、様々な事務手続き等、負担内容は多岐に渡ります。)

2025年には団塊の世代が全員後期高齢者になると言われていますから、介護問題は誰にとっても他人事ではありません。

介護問題で家庭が崩壊するケースは、産後クライシスなどとは比べものにならないほど、とても重く悲惨だと感じます。


さてさて、我が家の場合ですが、義両親とは少し距離を置いてみることになりました。

少し時間が経てば、また孫と会いたい、遊びたいと思ってくれるかもしれないし、考えが変わることもあるかもしれません。

ただ、そんなに長くは様子をみていられないと思うのは、若者と違って高齢者は一度衰えてしまうとなかなか復活させることができないからです。

くり返しになりますが、もしご両親が老夫婦のみ、またはひとり暮らしをしているのであれば、知らない間に人との交流を断ち始めていないか、頭を使う機会や体を動かす機会が減っていないか、時々チェックしてみる必要があると思います。

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