田舎でオール公立でも最高の教育を目指す

地方で子育てをする医学博士夫婦の教育論

すごい人は必ず、続けている

私自身、負けず嫌いなところがあります。

でも、圧倒的にすごい人を見ると、「あの人には敵わない」と思って勝負を諦めてしまう性格です。

どう頑張ったって、持って生まれた才能には敵わないって思ってしまうのです。

でも、持って生まれた才能って本当にそんな神みたいなものなんでしょうか。

もしかして、そんなものは微々たる差…、

もしかして、そんなもの存在しないのかもしれません。


学校で、飛び抜けて成績が良い子っていますよね。

授業で習った時にはもうその分野のほとんどを理解している子。

クラスのみんなはもう尊敬の眼差しで、

「すごーい!!◯◯君って頭いい!」って思います。

でもそれはきっと、家庭か塾ですでに先取りの勉強をしているに過ぎません。

努力を、他のみんなよりほんの少し先にしている状態、と言ってもいいと思います。

多少の飲み込みの速さに違いはあったとしても、そんなのはすぐ挽回できる差です。

だけど、「あの子には勝てない」「あの才能は自分には無い」と思い込んでしまう自分の心の方に、実は問題があるのだと思います。


何か、習い事を始めるとします。

自分は10級からのスタート、でも学校で同じクラスの◯◯くんはすでに3級。

同じ学年なのに、とてつもない差がついてしまっているような気になりますよね。

ここでやる気をなくしてしまったり、敗北感を感じてしまうのは、全く意味の無いことなのです。

だってその勝負にはゴールが設定されていないんですから。

物事を早く始めて、その才能を開花させる人はたくさんいます。

でも、それをずっと続ける人ってどれくらいいるのでしょう。

1つの事を続ける人ってほとんど世の中にいないのです。

習い事だってほとんどの人が辞めるし、

勉強だって目的を達成したらほとんどの人がやめてしまいます。

その分野を長く、多くこなした人は、だいたいすごい人なのです。


クラスで1番英語が得意だった子よりも、英語は苦手だったけど現在は英語圏で暮らしていますっていう人の方が、

圧倒的に英語ができるのは当たり前です。


そう考えると、私たちが今、始める前から諦めかけていることも、

まだまだ結果はわからない…。

続けていれば、やめなければ、いつか日本一、世界一になる日がくるかもしれません。

そのことを、私は子供たちに伝え続けたいと思います。

長女と次女が初めて水泳教室の体験レッスンに行った時、

特に長女は、自分より明らかに小さい子たちがスイスイ泳いでいるのを見て圧倒されて、

「水泳はやりたくない、私は水泳は苦手。」と言っていました。

それは違うよ。

あの子たちは、あなたよりもずっと長い時間水に親しんで、水泳を続けているだけだよ。

続けている人と、やった事が無い人を比較して、続けている人が上手なのは当たり前だよ。


同じ事が、家事でも仕事でも何にでもいえると思うのです。

向上心を持って続けている人はたいていすごいのです。


私も今は子育て真っ最中なので、同じ職場の男性陣や独身女性に敵わない部分がたくさんあります。

そのことで、心穏やかになれない日々もありましたが、細々とでも続けていれば自分も確実に成長していることに気がつきます。

そしてある日、独身女性が結婚してやめていったり、男性が転勤でいなくなったり、毎年後輩が入ってきたりを繰り返すうちに、いつの間にか自分が今の組織の中で上の方にいることに気がつくのです。

敵わないと思っていた人たちは、私よりも長い時間仕事をこなしていたのだから当たり前で、

でも私のようにゆっくりペースでもやめさえしなければ、いつしか少しずつ経験値が蓄積されていき、いつの間にか知識も技術も追い越していた、なんて事はよくある事です。

仕事で地位を築いた人も、

スポーツ選手も、

優秀な子供も、

家事が完璧な主婦インスタグラマーやブロガーですら、

1日や2日で作られた成果ではないのです。

その事実を私は日々子供たちに語りかけるようにしています。

「あの人はすごい人だね。」ではなくて、

「どれほど練習したんだろうね。」と言うようにしています。

フィギュアスケートの羽生結弦くんも、将棋の藤井聡太くんも、

いったい普段どれほど練習しているんだろうね、と。

有名になるくらいすごい人は、小さい頃から天才であったような報道をされがちですが、そういう素質を持った子はもっと他にも複数いたはずです。

その中で、やめないで努力を続けて来た人が最終的に残るのだと思います。

勉強もスポーツも仕事も何でも、ほとんどの人が途中で努力をやめたり休んだりするんです。

だからやめない限り、勝負は終わらないのです。