田舎でオール公立でも最高の教育を目指す

地方で子育てをする医学博士夫婦の教育論

100点の一歩先へ

私は、田舎育ちの子供たちも最高の教育を受けられるように、というコンセプトでブログを書いています。

それはつまり、目先のことで言えば、田舎のオール公立校に通っても、偏差値の高い大学に進学できるように、という意味です。

必ずしも偏差値の高い大学がいい大学ではないと思う方もいるかもしれません。

確かにそういう場合もありますが、偏差値が高いということにはそれなりの意味があると思っています。

みんなが入りたいから、偏差値が高くなるのです。

大学というところは、教育機関というだけではなく研究機関です。

良い研究をしている大学には多額のお金が入り、優秀なスタッフが集まり、さらによい研究が生まれるという仕組みになっています。

大学に行く意味は、単位を取得して卒業する事ではなく、そういう一流の人たちに出会い、学ぶという事だと思っています。

私も今は大学の職員なので、様々な大学の先生たちと交流がありますが、大学によって研究資金も、教育資金も、スタッフの質も、学生の質も全く違うと感じます。

昔は、田舎から偏差値の高い大学に行けるのは、持って生まれた頭が良い人たちだけでした。

しかし、都会の中高一貫校の生徒たちを見て、田舎の人たちも気がつき始めました。

持って生まれた力だけではない。

学習のシステム化によってかなり良いところまで行けるのだ、ということに。

私は、田舎からの逆襲はこれからだと思っていますよ。笑


さて、田舎も都会も関係なく、あまり上位の成績を取れない人たちには、決定的な弱点があると私は思っています。

それは、勉強というものが、

内容を理解する → 問題が解ける → 速く解ける

言葉を変えると、

わかる → できる → 極める

の3ステップである事を理解できていないことです。

授業を聞いて理解すると、なんとなくわかった気になりますよね。

家で勉強を教えていても、自分の子供が説明を理解したなっていう手応えを感じることってあると思います。

でも、実際に問題が解けなければ1点にもならない事を忘れてはいけません。

必ず問題演習を行い、問題が解けることを確認しなければなりません。

テストで間違えたところなどは、次に出たら確実に解けるようにしなければなりません。

ここまでは、普通の家庭が当たり前に行っていることです。

問題はその次のステップで、問題が解けるようになったら次は速く解けるようになる事です。

ここをやらない家庭が多いと感じます。

同じ100点でも、時間ギリギリまでかかってやっとこさ解けることと、

制限時間の半分でスラスラ解けることでは、当たり前ですが100点の意味が全く違うのです。

しかし学校では100点は100点でしかないので、同じ評価です。

最後のステップを徹底させることができる家庭はそうそう無いと思います。

その理由は、明確な終わりがないからです。

標準時間で2分以内で解くべき計算プリントを、1分で解けるようになり、50秒で解けるようになり、48秒で解けるようになり…

いったいどこまでできるようになればいいのか?という基準がないからです。

あー、これって手術に似ているなぁと思います。笑

できるようになっても、その研鑽に終わりはなくて、

より速く、より繊細で美しく、より少ない侵襲、より少ない出血量で…と。

話を元に戻すと、特に小学校の履修内容(基礎)においてこの徹底がとても大切だと思うのです。

中学、高校と進むにつれて学ぶ内容は難しくなりますから、単純計算や漢字の書き取りなどはもう「手が勝手に動く」とか、「息をするのと同じ」くらいのレベルでできるようにしたいところです。笑

ここは、持って生まれた頭の良さと関係なく訓練で身につけられるところです。

ただ、決してやってはいけないことが、まだ100点を取れるレベルではないのにスピードを求めることです。

この3ステップは必ず順番を守る必要があって、まだ正確にできていない段階では、ゆっくり正確にを徹底しなければなりません。

ゆっくりやったり、速くやったりややこしいですけどね。

我が家では、漢字の書き取りと50マス計算を1日おきにやっています。

以前は100マス計算だったのですが、2桁の計算は少し時間がかかるので50マスにしました。

私の気分で縦横の数字を決め、足し算か、掛け算かなどもその場で決めています。

10分とかからずできるので、ほとんど負担になることはありません。

漢字も、止めやハネ、書き順などを意識しなければいけないうちはまだ身についたとは言えません。

こういった5〜10分間トレーニングは、ひらがなや数字の習得の頃 (2〜3歳) からずっと続けているのですが、少なくとも小学生のうちは続けていこうと思っています。


勉強とは少し違いますが、仕事で人を使う時、優秀な人間を雇いたいと思いますよね。

しかし、優秀な人の能力に頼り切っていては、いつかは破綻してしまいます。

その人が辞めたらその仕事の質を保てないからです。

ですから、優秀な人を雇うことよりも、普通の人が質の高い仕事ができるような仕組み作りと教育の方が、いい仕事を提供し続ける上でとても大切なことだと思っています。

そして、それは仕組みさえしっかり作ることができれば案外難しくないとも思っています。

学校教育もそれと似たようなところがあり、100年に1人の逸材が出てくることを待つのではなく、ごく普通の子が誰でも成果をあげることができるようになるためのものです。

家庭での教育も一緒で、我が家のように4人いれば、性格も能力も様々ですが、

勉強を「バカでもできて続けられる」仕組みに落とし込んでいくことが大切だと感じます。

その仕組みがちゃんと確立できるのは4人目の育児が終わった頃かもしれませんが…。笑

繰り返しになりますが、極めるのに特殊能力など必要ありません。

雨の日も晴れの日も、ただ同じことを続ける、それだけです。