田舎でオール公立でも最高の教育を目指す

地方で子育てをする医学博士夫婦の教育論

小3長女「怒らない育児」を卒業

以前、子供に対してイライラして、つい感情的になってしまう事が多かった時期、巷で推奨されている、「褒めて育てる」っていう育児の指南書などを読むうちに、

褒めて育てる = 怒っちゃいけない

という意識が体の隅々まで染みついてしまっていました。

なので、子供に対してイラッとした時にはまず自分の感情を飲み込んで、

なんと伝えればいいだろう?どういう理由をつけて注意すればいいだろう?と自問自答してしまい、

結局適当な理由が見つからず、「あなたのためを思って言っている…」的な事を言ってしまうのです。

たぶん、怒鳴ったりするよりは冷静に話した方がいいと思うのですが、実際私の心の中では怒っているので、「あなたのため…」とはちょっと違い、心と言葉にひずみが生じているのを感じていました。

最近私が感じるのは、「ちょっとは怒らないとダメだな。」ということです。

感情的に怒るのはできれば避けたいけれど、怒っているという事実を伝えるのは案外大切な事だと思いますし、

褒めて育てる = まったく怒らない とは違うと思うのです。

ヒステリックで怒鳴ってばかりの親、または子供に無関心で良いところが全く見えていない親だったら、「褒める」「怒らない」を意識するくらいでちょうどいいと思うのですが、

実際そっちの方が少数派でしょう。

いや、誰だって怒鳴ることもあれば、良いところを見逃す事がある、そういう部分があるのはわかっています。

でも大半の人は感情的に怒った後に反省したりしますよね。心の中でゴメンねって思いますよね。

もうそれだけで、たぶん普通に子供の気持ちを大切にした育児ができていると思うから、

そういう親はたぶん「褒めて育てる」なんて事を意識しなくても無意識に褒めて育てているので、

さらに「怒っちゃいけない」なんて親自身が自分の気持ちを抑圧して育児をする必要なんかないんじゃないかと思います。

子供は日々成長する生き物なので、褒めるところだらけです。

昨日より言葉が増えた、走るのが速くなった、着替えが上手になった、宿題を1人でしっかりやれた、早起きできるようになった、責任感をもってやり遂げられるようになった…。

そんな褒めることだらけの日々の中でも、叱らなければならない時があるし、怒りたい時もある。人間だもの。笑

育児に熱心な親たちが、たま〜に子供に対して怒ってしまったくらいで自分を責めてしまうのは、

「褒めて育てる」「怒らないで育てる」っていう理想論に縛られすぎているんじゃないかと思います。

私は、「褒めて育てる」育児を支持してきたわけではありませんが、たぶん十分褒めて育てていると自分では思います。

他の家庭の内部事情など知りませんし、褒めている程度も怒る頻度も知りません。

だからたった1回怒った事に対して「あ〜あ…」と落ち込んだりしていましたが、そうやって自分を責める方がよっぽどいろんなところに悪影響が出る事に気がつきました。

怒らないで育てると良いというのは、その怒りに恐怖心を持ってしまうような小さい頃の話で、せいぜい4〜5歳までじゃないかなと思います。

(きちんと注意したり、諭したりすることはもっと小さいうちから必要だと思っています。)

少なくとも小学生になったら、人間同士として怒ってもいいんじゃないかと最近思っています。

私はこれまで、育児書などに影響されて、感情的に怒るのではなく、きちんと理屈を説明して叱るように心がけてきました。

こういう理由でダメだよ! とか、

こうすると、こうなってこうなって、結局こうなるからダメだよ! とか。

でもね、最近自分でも、嘘くさい理屈だな〜。これってただの屁理屈だな。笑 って感じるんです。

だってそんな理由は即席の後付けの理由であって、私の本心ではないからです。

本当は、ただムカついただけって事が多いのです。

たぶんうちの長女も勘がいいので、「いろいろ理由をつけているけど、結局自分が嫌なだけでしょ!」って思っていると思います。

そうだよ! ただ単に私がそれをされると嫌なんだよ!

全くもって、その通りだよ。笑

そう、ハッキリいう事ができたら、どんなに楽だろうと思います。

家の中に石や泥だんごを持ち込むな、というのも、「小さい子たちが食べちゃうと悪いから。」って言ったけど、本当は掃除したばかりの床に泥とか持ち込まれたら嫌なんだよね。

ご飯の前にお菓子を食べていけないのは、「ご飯が食べられなくなって栄養が偏るから。」って言ったけど、それもあるけど、せっかく頑張って作ったご飯をそのまま残されるのが嫌なんだよね。

自分の物をちゃんと片付けてって言うのは、キレイに暮らす生活習慣や、持ち物の管理のためっていうのもあるけど、本当は邪魔で目障りなんだよね。笑

(こういう些細な事こそ、本人に全然悪気がないので10回言っても20回言っても直らないのですよ…)

人間って、嫌な事をされたら怒るんだよ。

正しいか、間違っているかではなくて、嫌な事をされたら怒るんだよ。

長女はもう小学校3年生なので、嫌なことをされたら親でも怒るし、どういう行動をとったら人は怒るのかという事を学んでもよいと思います。

だってそれが、これから一生続く人間関係の基本だから。

今思い出したのですが、学生の時、「臨床実習(学生が病院で実際に患者さん相手に行う) ではピアスをしてはいけない。落っこちて患者さんの傷などに入るといけないから。」って言われた事があったのです。

ピアスが落っこちて傷に入るわけあるか?

だったらコンタクトレンズやヘアピンの方がダメだろ。笑

そんな嘘くさい理屈を言われても、ちっとも心に響かないわけですよ。

普通に、「患者感情として、医者のピアスを嫌がる人がいるからダメ。」とか、

「実習のルールでアクセサリーはダメ。」って言われた方がよっぽど納得できるのです。


「理由なんかない。ダメなものはダメだよ、うちのルールだから。」とか、

「お母さんはそれが嫌だからやめて。」

ってハッキリ言える方が、健全な親子関係のような気がします。

まどろっこしい理屈抜きで、ビシッと言いたい事を言ってしまい、すぐにニッコリ普段どおりに戻れたら、そんなに子供の心を傷つけたり、自己肯定感を低くする事は無いと思うんです。

もちろん、小さい子たちにはこれからもできるだけ感情的には怒らずに(ゼロは無理だけど)育てていこうと思っていますし、長女に対しても、可能なら感情的にならずに感情だけを伝えようと思っています。

まあ、そんなのたぶん無理!っていうか難しいですが、変な理由を作り上げるよりは楽です。笑

人の気持ちを察するのって大事なことだと思うのですよね。

怒りをぶつけても、またすぐに仲直りできるのが家族でもあるし、

言いたいことを言い合って、良い時も悪い時も1つ屋根の下でぐちゃぐちゃ揉めたりしながら暮らしていくのが家族の形であるような気がします。