田舎でオール公立でも最高の教育を目指す

地方で子育てをする医学博士夫婦の教育論

子供の「友達付き合いリテラシー」

新学期も1ヶ月と少し経過し、子供たちは新しい友達もできて環境に馴染んでくる頃だと思います。

我が家の長女も先週末は新しい友達が家に遊びに来てくれて、一緒に公園に行ってバドミントンをしました。

交友関係がどんどん広がっていくのをみていると、微笑ましくもあり、少し心配にもなります。

友達が増えて学年が上がるにつれて、いろんなところで親のコントロールが効かなくなっていきます。

たとえば、ちょっとした前兆となるのが言葉づかい。

長女がこの頃、親の私たちが絶対に口にしないような言葉をよく使います。

「あっ、そう。」とか、「意味不明。」とか。

まだ悪意をもって使っているのではなく、単に誰かのマネをしている感じです。

それから、私たち夫婦はこの土地の方言を使いませんが、子供は友達や先生の影響なのか、意味のわからない単語を使ったり、今までと違うイントネーションで話すことがあります。

方言に関しては否定するつもりはありません。

ただ、今後ますます親よりも友達の影響が大きくなるだろうことは容易に想像できます。


今日は、子供を国立医学部に入れた先輩医者夫婦に聞いた話を書きたいと思います。

↓↓↓

端的にいうと、子供にきちんと勉強をさせて、良い成績を維持して、国立医学部に入れたいと思っているのなら、

「自分の子供と付き合う友達も親が選べ」

ということらしいです。

まぁ〜非常に書きにくい微妙なテーマであります。

自分の子供だって親の目の届かないところで何をしているかわからないというのに、それを棚に上げて、おかしな(という表現は不適切でしょうが)友達には近づけるな。ということです。

「それまでどんなに成績優秀者としてやってきたとしても、小学校高学年〜中学校の友達付き合いによっては全てが終わる」らしいです。

だから勉強も大切だけれども、とにかく友人には目を光らせて、良くない関係だと思ったら全力で阻止!なのだそうです。

とても悲しいことですが、教育に熱心な親たちはこんな事を考えて子供を育てているんですね。

しかしこういう話を聞くのは、この夫婦に限ったことではありません。

私自身、オール公立出身ですが、確かに中2のとき、ちょっと素行の悪いグループと付き合った事があるんですよ。

彼らは友達としては非常に愉快で、一緒にいて楽しい部分もあったんですよね。

しかし、それまで学年で1〜5番(順位)をキープしていた私の成績が2桁まで落ちた事がありました。

その時点で踏み止まって、友達付き合いと勉強は別物だと割り切って自分を見失わなかったからよかったのですが、

あそこで毎日部活後に夜遅くまで行動を共にするような生活を中3でも続けていたら人生終わっていたかも、と思うことはあります。

実際そうやって落ちていった友人もいました。


でもね、「あの子と遊んではいけない。」などと言って、子供の友達付き合いを親が制限することなんてできますか?

私はそんな事できないなぁと思います。

学校では、「みんなと仲良くしましょう。」と教えられているのに、(私はこの考えには異論がありますが) 親が子供の友達を差別的な目でみることは、我が子の信用を失うことになりかねないし、不要な親子の衝突や反抗を招くだけだと思うのです。

そう反論すると、そのご夫婦は、

「だったら初めからそういう付き合いが生じにくい環境に置いておくしかないね。」と。

可能であれば、子供を私立や国立附属などの、意識の高い親が集まる学校に入れたり、

放課後の時間を、勉強や習い事で埋め、厳しい門限を設定し、特定の友人と長い時間行動するようなことを避けるようにする、という事です。


私がまだ未就学児の親だった頃は、こんな考え方はさっぱり理解できませんでした。

しかし今ならちょっと理解出来ます。

公立の学校に入れると、本当に良い意味でも悪い意味でもいろんな家庭があって、いろんなお子さんがいます。

完全に放任主義な家庭もあって、休日は朝早くからうちのインターホンを鳴らし、弟や妹も引き連れて夕方までずっと居座ろうとする子もいます。

遊ぶときに、「お菓子を持ってくること。」というようなルールを決めてしまうボス的な子もいます。

そんなのはまだ良い方で、警察のお世話になるような事件もあればイジメもあります

確かに、自分の子供にはそんな風になって欲しくないし、そういう子とも付き合って欲しくありません。

しかし、だからと言って付き合わせないような環境を整えることが、果たしてどれほど効果があるのかな、と思います。

悪影響と思われるものを全て排除して子供を純粋培養したところで、社会に出ればいろんな人がいますから、ある程度の免疫ができていないと逆に大きな失敗を招くかもしれません。

大切なのは、子供自身がどんな人と友達になるかという目を養うことなのだと思います。

私は我が子たちに、勉強ではできるだけ失敗しないようにさせようと思っていますが、人間関係の事は少しくらいの失敗はよいと思っています。

ただ、いじめなどの大きな案件には繋がらないようにアンテナを張っていなければ、とも思います。

去年の春の出来事ですが、ちょっとした事件がありました。

よく遊んでいた近所のお友達親子が、私たちの留守中に我が家にやってきて、インターホンを鳴らしたけれど留守だったため、その後うちの敷地内でおやつと水筒を出して飲食していました。

ちょっと家の前で休むというレベルではなく、明らかに玄関のドアの前まできて日陰に座り込み、庭にも入っていました。

おそらく、我が家に遊びに来た時はいつもこの場所で遊んだり飲食したりしているのだから留守でも使わせてもらっていいと思ったのでしょう。

恐ろしい事ですが、常識と非常識の判別基準はその家庭によって大きな開きがあり、それがその子の一生変えられない基準になり得ます。

防犯カメラに写ったこの親子の行動を初めに発見したのは長女で、若干引いていたようでした。

それ以降、長女はこのお友達と遊ぶ事が減っていき、親同士の付き合いもほとんど無くなりました。

私は子供たちに、「あの子と付き合ってはいけない。」とはっきり言う事はできないと思います。

できる事は、その判断を子供たちが自分でできるように、「その友達は本当に友達といえるか」という基準をしっかり持つよう誘導してあげる事、

そして友達のことを批判するのではなく、我が子の(友達に影響された)行動そのものを問題視する事だと思います。

そのためには、友達の家庭がどんな方針であろうと、我が家のルール、我が家の常識を小さい頃から伝え続け、

友達の間違った行動を「おかしい」と思える感性を身につけさせなければ、と思っています。

来るべき反抗期、こんな余裕な発言をしている場合ではないかもしれませんが、できるだけ静かに見守りたいです。