田舎でオール公立でも最高の教育を目指す

地方で子育てをする医学博士夫婦の教育論

彼女は…実は結婚したくない

教育とは関係ないので、ずっと下書きにあった記事です。

↓↓↓
私は、結婚制度が無くなればいいと思っています。

結婚していて子供もいますが、今すぐ無くなっても構いません。

今の生活は幸せですが、それは結婚という制度がもたらしたものではなく、夫と子供たちがそばにいるから、ただそれだけの理由です。

先日の昼休みに、男性の同僚が数人、後輩の独身女性について言っていた言葉。

「あいつはもう結婚なんて諦めたんだろうな。一生独身人生で、ネコと暮らしていくんだろう。おい、誰かあいつと結婚してやれよ、かわいそうだろ。」

「いや、俺は無理っすよ。」


なぜ、ある一定の年齢をこえた独身女性は、「結婚してやれよ」なんて言われなければならないのでしょう。

多くの女性は、結婚してもしなくても、出産してもしなくても何かしら既婚男性から言われます。21世紀のこの時代でも。

だったらこの人たち(男性)も含めて全員、結婚なんかできなくなればいいのにと思ってしまいます。

私もその後輩も、実は結婚したいとは思っていません。

でも私たちは賢いので(笑)、「早く結婚できてよかったね」と言われたら、「そうですね、ギリギリセーフでした」と答えてあげています。

独身のその後輩も、「誰か相手はいないのか?」と言われたら「誰か紹介してください」と負け組のフリをしてあげています。

もう悲しいくらいに、「この人たちと話しても一生理解し合えないから適当に受け流しておこう。」とか、

「結婚できない女っていう設定のほうがおいしいからそうしておこう。」っていうサービス精神が染み付いてしまっているんですね。

「そういうことにしておく」のは本心ではなくて処世術です。

だけど本当はそれほど結婚したいとは思っていません。

私たちが欲しいのは、パートナーと子供だけです。

もし結婚したい理由があるとすればそれは「世間体があるから」です。

日本ではなかなか未婚で子供を産むことが認められていません。

子供が欲しいと思ったらまず結婚しなくてはいけなくて、

そのためには男性に生涯の伴侶として認められなくてはいけなくて、(別に一生添い遂げる覚悟なんていらないのに)

妊娠も出産も自分だけ体を張って乗り越えなくてはいけなくて、

ついでに育児も大部分を負担しなくてはいけないし、

子供を持ちたいだけなのに、高いハードルがたくさんあるんです。

それなのに、妊娠出産だけはタイムリミットがあるので、どうしても「結婚したい(結婚しないと子供が産めない)」と捉えられてしまいます。


女性に充分な収入がある場合、結婚は不自由なことだらけで、なんのメリットもありません。

まず、この国では夫婦別姓が認められていません。

苗字が変わることが嬉しいと思う人もいる一方で、虚しいと感じる人も多くいます。

私の名前が「鈴木花子」で、結婚して「佐藤花子」になったと仮定して書きますが、

私の仕事の場合、それまで Hanako Suzuki として発表していた論文を、次からは Hanako Sato として書くことになります。

そうなると誰も同一人物の業績だとは思ってくれないし、結果として結婚前の業績は無かったものになってしまいます。

そこで仕方なくHanako Sato-Suzuki とミドルネーム的に表記したりするのですが、これは論文では認められても戸籍では認められません。

仕事を頑張ってきた女性ほど、名前を変えるということはそれまでの実績も信用も無くしてしまうのです。

自分の名前を検索しても、何も出てこなくなる虚しさって、例えようのないものがあると思います。

(私は社会人2年目で結婚したので旧姓での業績は無いに等しいため、その不自由さは経験がありませんが)

それから結婚すると、面倒な大きい子供(夫)のお世話がオマケでついてくるだけでなく、下手すると「義両親」とか、「家」とかいう、ものすごい大きなお土産までついてきてしまいます。

私は長男の嫁ですが、数年前に夫の祖母が亡くなって納骨の時、墓下を開けた瞬間に身震いがしました。

「え?まさか私もここに入るの?絶対嫌だ。」と強く思ったことを、今でも鮮明に覚えています。

夫以外は全然関係のない、会ったこともない人たちがたくさん納められている暗い石の下ですよ。

死んだら何もなくなることはわかっていても、なんだか生理的に受けつけないものがあります。

どうせ土に還るなら、他の場所に散骨して欲しい、子供たちが大きくなったら本気で頼んでみようかと思っているくらいです。

それから女性に収入があると、結婚しても税制や社会保険上のメリットはほとんどありません。

収入のある女性にとって、「配偶者控除」や、年金の「第3号保険者」というものの恩恵は全くありません。

なぜ税金を払わない人が控除を受け、保険料を払わない人に年金が支給されるのか。年金制度が破綻しそうなこのご時世に、きちんと払ってきた人の年金支給額がこんなに減らされているのに…。と、みんな思っています。

けれど彼女たちは賢いので、そんな下品なことを口にしないだけです。

おそらく本音を言えば、料理が上手でお弁当を作ってくれて、家をキレイにキープしてくれる男性をパートナーにしたいのに、「専業主婦」は聞こえが良くて「専業主夫」は日本では「ヒモ」と呼ばれたりする。

それでまたどうこう言われるなら結婚しなくていいや。となってしまうのは本当によくわかります。

専業主婦のようにプライドを持った尊敬すべき専業主夫になろうという人がいなくて本当に残念です。

もっと細かいことまで書いてしまいますと
、うちは夫がお歳暮やお中元などの贈り物を頂いた時は必ず私がお礼のお手紙を書きます。

でもその逆は絶対にあり得ませんよね。妻あての贈り物へのお礼を夫がするパターン…。

それから夫の仕事関係の会合に妻として出席することはあっても、その逆はなかなかありません。

収入がある女性が結婚すると、経済的なメリットがまったくないだけでなく、面倒なことばかり背負わされます。

それなのにタチが悪いのが、未だに結婚が女の幸せであるかのように思っている男性です。

違うんです。

何度でも言いますが、多くの女性が欲しいのはパートナーと子供なんです。

(それすら要らないという女性も最近は増えています。)

そしてさらにタチが悪いのが、高収入の未婚女性に対して「結婚できない女」と憐れんで、自分の方が勝ち組のように思っている既婚女性です。

私が、その独身の後輩を偉いなぁ、賢いなぁと思うのは、そういう既婚女性に対しても「結婚していて羨ましい」フリをしてあげて、人間関係を円滑にすることを優先させているところです。

その方が結果的に自分の仕事もうまくいき、自分のためになることを理解しているんですよね。

なんと聡明で安定した精神の持ち主なんだろうと尊敬します。


「結婚が女の幸せだ」という認識が違っているのは、現代社会に限った話では無いと思います。

ずっと昔から、女性はそう思い込まされてきたのだと思います。

その思い込みのせいで、「社会で男性よりも活躍しよう」という意欲まで、女性は奪われてきたのだと私は思っています。


高収入で独身の彼女たちは意外と幸せですよ。

たとえ1人の部屋に毎日帰るとしても、自分自身を生きています。

そして、世間の予想以上の確率で彼女達にはパートナーがいます。


ありきたりな表現しか見つからないのが残念ですが、どんな人生も大変です。

女の子には、あまり頑張らせないで楽な人生を歩ませたいと思う方もいるでしょうが、そんな人生は不幸です。

頑張らないで、大変なことがなくて、苦労しないで、悩みがなくて、そんな人生が幸せであるはずはありません。

先にあげた、独身女性の後輩は、4回も産休を取った私よりも仕事ができる子です。

世間一般のつまらない常識に当てはめて、彼女たちはかわいそうと思うのは間違っています。

実際はまったく不幸ではないし、同情も結婚もしてもらわなくてもいいんです。

結婚してもしなくても、パートナーがいてもいなくても、子供がいてもいなくても、結局みんなひとりなのだということを、彼女はよく知っているのだと思います。