田舎でオール公立でも最高の教育を目指す

地方で子育てをする医学博士夫婦の教育論

親が高学歴ではないことを強みにする

このタイトルを見て、

「ケンカ売ってんのか、こら!」と思わないでくださいね。

私はいたって真面目に書いているので。


私が身近な医師家庭を見ていて、一点だけ「子供が不幸だな」と思うことがあります。

それは、

親がすごすぎて、誰の目にも子供が親を絶対に超えられないだろうと思えてしまう場合です。

たとえば、父親は大病院の経営者で、すごい経歴を持っているのに、後継ぎの息子は父親に遠く及ばないように見えてしまう場合や、

両親が医学部の教授なのに、子供がニートとか。

これは極端な例だと思うかもしれませんが、実際に身近にある話なのです。本当に身近に…。


私自身が幸せだったと思うのは、

両親の学歴が大したことないってことです。

両親ともに、頑張れば簡単に超えられる存在として、子供心に映っていたのです。

小さい頃は、そりゃ親は絶対的で大好きで尊敬する存在でした。

しかし、小学校高学年あたりからは、

「親も人間。別にすごくも偉くもない」と、自然に理解したように思います。

中学、高校と進むにつれて、「私は、父も母も超えて行ける」と信じて疑わずに育ったことは、とても幸運でした。


私の母親は、高卒です。


まだそんなに大学進学率が高くなかった時代なので、高卒は特に珍しくはないと思いますが、誰も大学進学などしないようなレベルの実業高校出身です。

父親は大卒ですが、難関大学には程遠い大学出身です。

ちなみに失礼な話ですが、夫の両親の出身大学も、正直言って誰でも入れるようなところです。


私は、小さい頃から、

「本当に賢い子だ」

「将来は宇宙にでも行くんじゃないか」

と、おだてられて育ちました。

ま、自分で言うのもなんですが、多少は賢かったとは思います。笑

でもそれは、そう思えるように親が仕組んだのと、あとはいわゆる「井の中の蛙」だったと思います。

実際、高校に入ったら、私よりもっと頭のいい人はたくさんいたので、初めにちょっとした挫折を味わいました。

しかし、私はその時すでに、上位層にいた方が居心地がよくて自由で楽しいということを経験的に知っていたので

なんとなく自然に上位層に戻ろうとしたんです。

半分無意識のうちに、それまでの賢い立ち位置に、いつもの場所 (順位) に戻って居座ろうとする力が働いていました。笑

決して無理をしていたわけではなく、体が勝手に勉強して、勝手に努力した感じっていうんでしょうか。

縮められたバネが、自然に元の長さに戻ろうとする感じ、とでも言うのでしょうか。

その時の私には一切のプレッシャーは無くて、本当に自由だったのです。

頑張って上位層に入ろうと、そのまま落ちていこうと、両親にとって私は自慢の娘であることに変わりはないと、知っていたからかもしれません。


子供が育っていく中で、

「自分は親を超えていける」と思えることは、自分を認めていくステップとして、実は大事なことなんじゃないかと思います。

そして今の子供たちって、そう思える子が少ないのではないかと思います。

大学進学率が上がって、親はそこそこ高学歴だったりするし、

その分、子供への期待も大きいし、

小さい頃から受験勉強で、親に進路を決められているし、

情報も多過ぎるために教育方針をコロコロ変えられて、それに従って生きていたりする。笑

確かに教育レベルは上がったのかもしれないけれど、「自分はどこへだって行ける、何だってできる」というワクワク感が足りない気がするのです。

丁寧な言葉で伝えるのが苦手なので率直に言ってしまいますと、

ある程度の年齢になったら、

高学歴だったり、頼んでもいないのに勉強を教えてくれたり、進路選択に過剰に意見してくる親なんて、子供にとっては鬱陶しいだけなんですよね。笑 

今あなたが子供だったら、東大卒の両親とか、医学部の大学院卒の親(私)なんて羨ましいと思いますか?

絶対いらないでしょ?笑

想像しただけでウザいなって思います。

なので、私たち夫婦もそこを自覚して、子供たちが親を絶対視したり、プレッシャーを感じたりすることのないように気をつけて子育てをしています。

まぁ…気をつけても気をつけても多少は感じるでしょうが…そこは仕方ありません。

その点においては、うちの子供たちは本当に不利な状況にいると思います。

私は、子供たちが幼い頃から、家庭で読み書き計算を教えていますが、完全に先生にならないように気をつけてきました。

親が家庭で勉強を教えるのは小学校高学年になる前にそろそろ卒業し、あとは聞かれたところだけ教えたり、サポート役にシフトしていこうと思っています。

子供たちが、親はすごい存在じゃなくて、「この人たちはいつか超えていく存在だ」と思えるようにしたいからです。

子供が、いつまでも親を超えられないと、親も子供も心のどこかで満足を得られない部分がずっと残る気がします。

たとえ子供がそこそこよい学歴を得ても、親の期待に応えられなかった負い目をいつまでも感じてしまう場合があると思うのです。

親も親で、子供が自分と同等か、自分を超えていく成果をあげないと「自分の教育が悪かったのかな」と後悔したり悩んだりするものです。

私は、このパターンが1番お互いに辛いと思います。

ですが、親を超えて行ける子供は、堂々と自由に社会に羽ばたけるし、親も子供を誇らしく思える、両方ハッピーになれる理想の形のような気がします。

だから、実は親が高学歴ではない方が、子供がのびのびと頑張れる環境を与えてあげられるのです。

そういうわけで、親が子供に勉強を教えられないから…とか、自分の学歴が良くないから…というのは特別不利にはならないと思います。
 
勉強を教えることよりも、「あなたは私たち両親を飛び越えて行ける子供だよ」って信じ込ませる方がずっと大事です。

しかし実際は、そこに力を入れない家庭が意外と多いんじゃないかと思います。(問題集はすぐ買い与え、塾にもすぐ入れるが、自信は育てようとしないの、なんでだろうね。)

その方法論は以前から言っているように、

「あなたは頑張ればどこへだって行ける子供だ」「あなたは努力すれば挫折を乗り越えて行ける子供だ」と言い聞かせるのと同時に、

それが真実だと一度でもよいから証明してあげることです。

口で言うだけでは伝わらないので、証明することが大事です。

スポーツだって勉強だって習い事だってお手伝いだって、何だって良いのですが、

1番簡単に手っ取り早く、そして効果的に証明する方法は、これも以前から言っているように、就学前の読み書き計算など基礎的な部分にほんの少しでもいいから力を注ぐことです。

読み書き計算くらいなら、義務教育さえ終えている親ならば教えられます。

そして子供が小学校に入った時に、

「あれ?自分は勉強ができる!わかる!」と、よい勘違いをさせ、

「お父さんやお母さんの言う事 (おだてたこと)は本当なんだ!」ということを証明するのです。

「自分は努力すればできる人間だ」と、希望をもたせ、

学ぶことの楽しさを、スタート時点で知ってもらうことです。

この方法が1番手っ取り早い理由は、スポーツや習い事だと幼少期はどうしても体の発達程度や習い始めた時期に依存してしまうし、

お手伝いの評価は親がするので難しいです。

しかし勉強は就学時に一斉スタートですし、公文などで先取りしている子も、していない子も、目標習得レベルに達してさえいれば同じように評価してもらえます。

現実として、

勉強が苦手な子のほとんどが小学校入学時点から躓いています。

そして、上位層で勉強をするのは楽しいけれど、下位層で勉強をするのは苦しいです。

勉強をずっと先まで先取りして教える必要は無く、その最初の一歩だけきちんと支えて軌道に乗せてあげたら、あとは勉強を教えることよりも、未来の教育費を稼ぐことの方がよっぽど有効です。


親にとって、子供が自分を踏み台にしてでも超えていってくれることほど嬉しいことはありません。

私も、いつまでも子供の勉強の主導権は握らずに、早く手放そうと思います。

あとは近くで見守りながら、自分の仕事に専念します。

4人分の学費…頑張る理由があるって、なんて幸せなことなのでしょうね。笑



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