田舎でオール公立でも最高の教育を目指す

地方で子育てをする医学博士夫婦の教育論

受験は母親が9割か?

今日は、少し私の生い立ちについて昔話をしようと思います。(後半)

興味のない方はスルーして下さいね。

その前に別の話題から入ります。

最近、医師としても親としても先輩である方々と話をしていて、ある事が議論されました。

佐藤ママの著書「受験は母親が9割」というタイトルについてです。

受験は母親が9割 灘→東大理?に3兄弟が合格!

受験は母親が9割 灘→東大理?に3兄弟が合格!


私の同僚医師たちは口を揃えて、「いくらなんでもこのタイトルは言い過ぎだろう」と言っています。

それを言うなら、「浜学園と灘が9割」だと思う…と。笑


私も佐藤ママのこの著書は読みましたし、同じ母親として佐藤ママの事は尊敬しています。

私には、あの献身的なサポートは絶対に真似できません。

子供を医師にするために自分の医師の仕事を辞めるわけにはいきませんし、毎日の送迎や家庭学習のサポートもあそこまではできないと思います。

同じ母親として尊敬していることを前提として書きますが、

私も、他の医師たちと同様に「受験は母親が9割」とは思いません。

最近は佐藤ママ以外にも、子供を医学部に入れた親の書いた書籍がいくつか出ています。

しかし、そのキャッチーなタイトルに惹かれて読んで真似をしても、子供を医学部に入れることはできないと思います。


私の夫とその弟は、塾なし、浪人なしで国立大の医学部に入りました。

つまり、普通のサラリーマンと専業主婦家庭ですが、2人の子供を現役で医学部に入れています。

今の時代だったら、義母がその事を本に書いても不思議ではないくらいです。

義母は、「どうやって2人も医学部に入れたんですか?」とよく聞かれるそうですが、

「何にもしてない。住む家と飯を与えただけ。」

と言っています。笑

私も、サラリーマン(教員)と専業主婦家庭の出身で、塾なし、浪人なしで医学部に入りました。

しかし私の場合、今思うと、義母が夫に与えたような満足な食事も与えられてはいませんでした。

私の母親は持病があって、1年の半分くらいは入院しているような人でした。

すぐに命に関わるような病気でもないけれど、治療法が無いと言われている病気です。

母は、親子遠足などの行事に来てくれたことはほとんど無く、いつも担任の先生が親代わりでした。

父が仕事で忙しい時期は、長期で親戚の家に預けられた事もありました。

小学校高学年からは、お弁当が必要な日は自分で作って持っていきました。

商店街の近くに住んでいたので、夕食も、自分で食材を買ってきて作って食べることが多かったです。

お弁当を作れずに、お昼ご飯無しの事もありました。

そんな時、今日お弁当が必要だった事を、父や祖母に言うことはできませんでした。

高校生になった時、登校途中でコンビニに立ち寄ったり、購買部でパンやおにぎりを買えるようになった時の解放感は忘れられません。

お弁当を持って来ずに、昼食を買って食べる子が他にも数人いたので、もう、見栄を張って自分でお弁当を作らなくていいんだなって、

心の底からほっとしました。

(母が入院していない時で体調の良い日は、お弁当を作ってくれました。)

いつも一緒にお昼ご飯を食べていた親友が時々、あえてお弁当を持って来ずに一緒にコンビニご飯に付き合ってくれた事も、本当に嬉しかったです。

私は高校時代、母親のサポートを受けたと言うよりは、母親の入院生活をサポートしていました。

学校帰りに病院にいき、母の洗濯物を持ち帰り、洗濯乾燥し、次の日、登校時に新しい着替えなどを持って駅のコインロッカーにそれらを入れ、下校時にロッカーから取り出してまた病院に届けるという生活です。

私はその病院で出会った医師や看護師の姿を見て、医学部を志すようになりました。

母親が私に与えてくれたものは、必ずしも良いものばかりではありません。

寂しさ、悲しみ、

幼くして親を失う恐怖、

病気で体が思うように動かない事からくるヒステリー、

(今で言う)体罰、

その他、いろいろ…。

それら全ての経験が、結局はプラスになったのかもしれません。

もちろん、感謝している事もたくさんあります。

そんな体で、産んでくれたこと。

育ててくれたこと。

気まぐれな時もあったけど、愛してくれたこと。

けれど、少なくとも私の場合は「受験は母親が9割」ではありませんでした。

母の世話をしなくて済んだら、もっと勉強ができたのに、と思った事も何度もあります。

まぁ、ある意味母の病気が私を医学の道へ導いたわけで、そういう意味では「母親が9割」かもしれませんが。笑


現在佐藤ママは、塾の受験アドバイザーとして活躍しているようですが、彼女の功績は、単に受験勉強のサポートでは無いと思います。

親として、幼い頃から勉強や努力に対してポジティブな価値観を与えるなど、もっと人間形成の根幹に関わる部分を大切にしてきた結果なのだと思います。

書籍の中でも触れられていますが、佐藤ママは時々塾に、子供の勉強方法について相談していたそうです。

つまり、佐藤ママの勉強法はオリジナルではなくて、塾や学校から教わった方法を自分流に改変したものだと思います。

きっと、教育熱心で子供を有名校に通わせている親なら、同じようにやってあげている親はもっとたくさんいるだろうとも思います。


私自身の場合、「受験は学校と学校の先生と自分の努力が9割」でした。

勉強を教えてくれたのはほとんど学校の先生でした。

受験テクニック的なことを教えてくれたのも学校の先生です。

高校の部活の合宿の時も、夜に顧問の先生がわからないところを教えてくれました。

いつも偉そうな口をきいて公教育の批判をしたりしている私ですが、

今まで出会った先生方には本当に感謝しています。

小学校の先生は、私の家庭環境にいつも配慮してくれました。

中学校の先生は、私にたくさんの期待をしてくれ、将来は人の役に立つ人になりなさいと言ってくれました。

高校の先生は、授業では習わないような難しい事もいろいろ教えてくれました。

化学の先生は、東大京大の化学の過去問を時々私に与えてくれ、添削してくれましたし、

英語の先生は、英語の小論文の添削を個別にやってくれました。

良い友達も悪い友達も、たくさんの事を教えてくれました。笑


「受験は母親が9割」というタイトルを見ると、子供の合否を母親の力だけでどうこうできるような錯覚に陥ります。

しかし、これはあくまでも販促のための本のタイトルであって、実際はそうではありません。

もちろん金銭面を含めて、親のサポートが大きな助けになることは言うまでもありません。

しかし、受験というのはそれだけで突破できるものではありませんので、

素敵なタイトルですが、それに惑わされてはいけないと思います。

例えば医学部に入る子の中には、1、2年浪人をして入る人も多いです。

その場合、「浪人した1年が9割」とか、「予備校が9割」の人もいると思います。

他の人より1年も多く勉強した時間の長さ
(しかも学校行事は一切こなさずに受験勉強だけに専念) は確かに大きいかもしれません。

もちろん、学校には行かずにほとんど家庭のサポートだけで受験を突破したのであれば、「家庭教師が9割」とか「母親(父親)が9割」の人もゼロではないかもしれません。

しかし、学校、塾、親、本人の努力、体力、モチベーション、お金…

いろんな要素が複雑に絡み合う中で、やっぱり「母親が9割」は言い過ぎじゃないかと私も思います。

とはいえ、何が功を奏すのか全くわからないモヤモヤの中で、自分がしてあげられることを精一杯してあげるしかない、

それをするのが母親という生き物だし、良い結果はその成果だと思いたい気持ちもわかるなぁと、

自分の過去や、母親としての自分を振り返ってそう思います。

「公教育と自分の努力が9割」で医学部に入ってくる学生は、昔よりはだいぶ少なくなってしまったと感じますが、今でもそれなりにいます。

週5日もアルバイトをしながら医学部に通っている学生で、自称「苦学生」も、さっきまで私の隣にいました。笑

結局のところ、「受験はいろいろ、人それぞれ」なのだと思います。


ちなみに小さい頃から自分で食事を作った経験は、妻になり、母になった今生きていて、家事全般できる方だと自分では思っています。笑



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