田舎でオール公立でも最高の教育を目指す

地方で子育てをする医学博士夫婦の教育論

大学入試改革2020が厄介

本題の前に、4人産んだら表彰するっていう議論があるってホントですか?

うわぁ〜いらない!笑

もしそうなったら、表彰を辞退します。

そんなとこ褒められたってちっとも嬉しくないです。

それに、産まない事も、人生の選択の1つですし、

産まなかった人は、その分たくさん納税している人が多いと思います。

必要なのは、「産みたい人が産める社会」を作ることですよね。

安心して育てられる社会、産まない選択も尊重される社会を作る方が先ですよね。

呆れてものが言えないようなニュースをチラ見しつつ、今日は入試改革の話にケチをつけようと思います。


2020年度大学入試改革の話題を目にする度に、モヤっとした気持ちが拭えないのです。

それはたぶん、実際に大学入試問題を作成したり、採点したりしている方々と、普段一緒に仕事をしているからだと思います。

その人たちって、思考力、判断力、表現力、あると思います?

自信ないよって、当の本人たちが言ってますよ。笑

私自身も全然自信がない。思考力? たぶん、無いです。

無いから、普段から人よりたくさん考えていると思います。

たぶん、たった1、2時間の試験で、そんなもの本質的には測れない。

ところで、学校の先生ってみんな思考力あると思います?

「私、思考力に自信があります!」っていう人、いますかねぇ。

思考力の無い人に教わって、思考力の無い人が作った問題を解き、思考力が無い人に採点されて、

それで果たして思考力のある学生を選抜できるのかな…と。

モヤっとするんです。

たぶん、学生たちの方が、ずっと思考力があるのに、それを思考力の無い大人が採点することにモヤっとするんです。

もし、思考力、判断力、表現力を採点するとしたら、それらに優劣がつけられるのか?すごく疑問に思います。

問題解決能力というのも然り。

問題というのは、良くも悪くも解決してしまうことがあります。

しかし、良かろうが悪かろうが、解決は解決です。

アンパンマンは、毎回「アンパンチ=暴力」で問題を解決しているけれど、それだって立派な問題解決能力です。


大学入試改革に伴って、中学入試問題も変化してきているというニュースを時々見かけます。

どれどれ、いったいどういう問題が思考力を問う問題なのかな?と思って少し覗いてみたことがあるのですが、

「こんなので思考力が測れるの?」という問題ばかり。

思考力が単に「よく考えて解く」事だとしたら、

表現力が単に「自分の言葉で書く」事だとしたら、

そんなの今までだってそうでした。

それより高いレベルの思考力や表現力を要求するのなら、それはもはや点数のつけようのないものだと思います。

むしろ、塾でそういう対策をしている子と、していない子をふるいにかけてしまう可能性だってあると思える問題でした。

当たり前です。それほど思考力があるとは思えない大人が作った問題ですから。

小学生レベルだと、「過去に似たような問題に出会ったことがあるか無いか」「同じテーマについて考えたことがあるか無いか」が全てになってしまいます。

いくら、思考力と表現力が素晴らしい子供でも、

過去に1度でもそういう問題に出会ってじっくり考えて解いて添削されたことのある子に敵うわけが無いと思います。

こんな問題で合否を決められる子供たちがかわいそうに思えます。

しかも、思考力、判断力、表現力、主体性、協働性、多様性…

それら全てを兼ね備えた人間なんていますかね?

いないですよ?

だいたい、優れた人というのは、この中のどれか1つだけが優れているものです。

思考力が飛び抜けてすごい人っていうのは、たいてい協働性なんか無いんです。笑

それが認められる場所が、「大学」というところだと思うのです。

もし、全てが優れている人がいるとしたらそれは、「全てが平均点レベル」

つまり、どれも兼ね備えていない人間ということになると思います。

そんなボンヤリした人を選抜して合格させることに意味あるんですかね。

そんな入試改革、意味あるんですかね。笑

人間が人間を評価するということは本当に難しいことだと思います。


しかし、私がここでごちゃごちゃ言っても仕方がなく、大学入試改革は進んでいくわけで、それに対応した入試対策をするしかないですよね。

どうすればいいと思いますか?

家庭の中で、常に入試を意識して、

「この現象は理科で出てくるアレだよ」

「この形は数学の〇〇の定理だね」

「北朝◯との問題を解決するにはどうしたらいいと思う?」

みたいなことをいくら話しあったって、限界があると思うのです。

(一定の効果はあると思いますが。)

それだと、親の学力や専門性や思想に大きく依存してしまうことになります。

学校のアクティブラーニング的なものも、あまり受験には効果が無いと思います。

結局、どんなに主体的に取り組んで考えて表現しても、それに近い問題が出題されるか、たとえ出題されたとしても、採点者に評価されなければ意味が無いからです。

多くの採点者に好印象なのは、記述の「論理的展開」「独創性」「実現可能性」(あまりに現実離れしていないこと) などで、

他は何というか…好みの問題になってしまって、公平に差をつける事などできないと思います。

ではどうしたらいいか。

結局、「入試改革に応じた過去問とその類似問題や対策問題をたくさん見て、解いて、考えてみたら良い」と思います。笑

(改革直後の受験生は大変ですが、同期の受験生はみんな同じ条件なので仕方ありません。)

ていうか、それしか無い。

入試問題を作る大人が、そもそもそんなに思考力が無いですから、毎年毎年バリエーションに富んだ素晴らしい問題など作れません。

結局、思考力を問う問題自体が、毎年似たり寄ったり、二番煎じになると思います。

これまでの入試問題も、初めて見た時は斬新な問題だと思っても、いつのまにかどの大学でも出題するようになっていきました。

ですから今まで通り、データの蓄積と、幅広い分野の勉強が1番の対策になると思います。笑

たった1、2時間の試験時間で測れるような思考力なんて、思考力と呼べますか。

結局パターンを詰め込んで、それを少し応用して、自分の本当の思考とは関係なくアウトプットして終わる試験になる気がします。

たった1、2時間で発揮できる能力なんてそんなものではないでしょうか。

だったら今までとおんなじで、思考力を問う問題の詰め込み学習です。

何なんでしょうね。このくだらないアドバイス。笑

こんな身も蓋も無いアドバイスしかできないくらい、この入試改革はモヤっとするのです。

医学部と工学部では重視する部分が違っていて、欲しい学生も違って当然ですし、

適性だけでなく、本人の希望や努力も評価して欲しいですし、

もし本当にその分野のエリートを選抜したいなら、もっと他のやり方があると思います。

結局、大学側も、欲しい学生を選抜するのにどんな問題を出題したら良いのかよく分からないのです。

うちの教授なんて、「良かれと思って入試を変えた年は、大抵選抜に失敗する (入ってくる学生の質が悪い)」と言っています。

私も心当たりがあって、入試問題の傾向が大きく変わった年の学生は、男女比がおかしかったり、現役生と浪人生の比がおかしかったり、出身校の地域に偏りがあったり、

適切な選抜が行われなかったような印象をもってしまいます。

そして、その学年は学生のレベルが低い傾向があります。

奇抜な事をするよりも、長年の傾向を見ながら基礎も応用も全ての範囲をバランスよく、きちんと身につけてきた学生の方が結果として (医学部的には) ハズレが無いということです。

それなのに、私立中学が先走って思考力を問う (かどうか良く分からない) ような入試問題を出して、

いかにも「中学から大学入試改革の対策してまっせ」的な構図になっているのに、またモヤっとするのです。

2020年の入試改革は、「たまたまその時だけできちゃった合格者」を量産する可能性が高いのではないかと少し心配しています。

受験生のみなさんは、思考力や表現力や判断力を問う (らしい) 問題をどんどん解いて、パターンを詰め込んでいきましょう!(嫌味です。笑)



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