田舎でオール公立でも最高の教育を目指す

地方で子育てをする医学博士夫婦の教育論

英語ペラペラのバカ

タイトルがケンカ売ってる感じですが、

今日の話は私の意見ではありません。

アメリカ在住の同級生と、アメリカ留学経験のある夫が言っていた話です。

あ、その前に、

うちの夫がまた短期留学するかも、とかなんとか言い出しまして、我が家はちょっと冷戦状態です。笑

開業前の忙しい大切な時期に、家庭を私に丸投げする気か!怒 ほんと鬼だな…

もうアメリカでも北朝鮮でも行ってしまえ〜!!



…という家庭のゴタゴタはさて置き、

まずはアメリカ在住の同級生の話からしようと思います。

彼とは高校時代に一緒に医師を目指していたのですが、彼は途中で文転して文系の学部に行きました。

東大卒です。

初めは法曹を目指していたようですが、今は銀行マンです。

大学卒業後は5年ほど日本にいましたが、20代後半からずっとアメリカとイギリスで仕事をしています。

年末年始に帰国した時にみんなで会いたかったのですが、残念ながら時間が取れず、メールやSNSでやりとりをしました。テレビ電話も少しだけ。笑

長女と同級生の子供がいるので、少し教育の話になり、その内容をまとめたいと思います。


私が聞きたかったことは、

「私と同様に田舎で育って、特別な英語教育も受けていないのに、仕事で不利な部分は無かったの?」

という事です。

(彼は私と違って中学から学習塾へは行っていましたが、いわゆる生きた英語を学べるような教室へは行っていません。)

答えは、

「全然大丈夫」

との事でした。

「だって、英語ってただの言語だから。

コミュニケーションツールだから。

それを使いこなすのは自分だから。

彼が言うには、

今の時代、英語を話せるなんて当たり前過ぎて、

そこは頑張るところでは無いそうです。

当たり前と言われると、あまり話せない私なんかは困ってしまいますがね…汗

この話を聞いて、

英語を話せるのは当たり前だから、英語教育をちゃんとしなくっちゃ!

と思うのは、少し違います。

彼が言いたいのは、

英語が話せるなんて当たり前…だから必要になったら何歳からでも話せるようになる。

英語が話せるなんて当たり前…だからそんな事に多くの時間を費やすのはムダだ。

英語が話せるなんて当たり前…だからそこを頑張ってもなんの武器にもならない。

ということらしいです。

英語を話せる人なんて、掃いて捨てるほどいるので、それができても何の自慢にもならないそうです。

英語が話せるけれど仕事ができない日本人というのも増えているらしいです。

それが、彼の言う「英語ペラペラのバカ」

(これ、いかにも私が言いそうな言葉ですが、ホントに私の言葉じゃないですよ。)

英語なんて、

ある日突然英語圏に放り込まれたら、嫌でもできるようになるそうです。笑

彼は、文系の大学に入ってから、おそらく将来仕事で必要になるだろうと思ってビジネス英語を勉強し始めたそうですが、

それで十分間に合ったと言っています。

そして、最終的には現地に行って初めて、ものすごいスピードで身についたそうです。

もし、小さい頃から英語の勉強ばかり頑張っていたら東大には入れなかっただろう…とも言っています。

東大の文系は数学がkeyになりますからね。

もし、小さい頃からインターナショナルスクールに通ったり、英会話教室に通ったりしてそこそこ話せるようになっても、

学校の成績がトータルで良くなければ大学に入れないし、

仕事で重要なポジションを任されないし、

そういう仕事に就けなければ英語を生かす機会すら無い事になります。

英語が生かせる仕事はたくさんありますが、

外交官や、商社マン、通訳になるには、それなりの学歴が無ければ英語だけではなれませんよね。

英会話スクールの先生やホテルマンという仕事もありますが、どれほどの年収かご存知でしょうか。

彼がいうには、英語をはじめ、言語はツールに過ぎません。

それを使いこなす人の芯がしっかりしていなければ、いくら良いツールを持っていても宝の持ち腐れですし、

英語はそもそも「宝」ではなく、誰もが持っていて当たり前の物だそうです。


だから、彼は英語の勉強を本格的にスタートしたのは遅かったけれど、

その辺のバイリンガルを名乗る人よりも、英語も仕事も自信があると言っています。

(しかしながら、ネイティブに比べれば当然劣るだろう、とも言っています。)

英語を日本語に置き換えるとよくわかりますが、日本人なら日本語が話せて当然ですよね。

では、勉強ができる人と、勉強ができない人の日本語レベルってどっちが上でしょうか。

ただ英語の話せる人が英語圏に行ったら、

その人は「ただの人」なんです。

けれど日本人の医者が英語圏に行ったら、

その人は少なくとも「日本の医者」として扱われます。


今度はアメリカ留学経験のある夫の話をしますね。

私の夫は医者になってから2年間だけ研究のためにアメリカ留学をしていました。

彼も当然特別な英語教育は受けていないため、受験英語はできるけれど、英会話は苦手な方でした。

しかし彼はそんな状態でアメリカに行っても、その研究施設からきちんとお給料をもらって研究をしていました。

英語ができなくても、彼はそこでは大切な研究スタッフの一員だったのです。

英語圏に行ったら、英語が話せる人よりも、特別な技術や能力を持った人の方が重宝されます。

だって、英語が話せるなんて当たり前の事ができる人に何の価値もないからです。

結果として、夫は半年ほどで、現地での生活や英語でのコミュニケーションにストレスを感じることは無くなったそうです。

(それまでは多くの苦労があったそうですが。)

それどころか、帰国したら日本語がうまく話せなくなっていて困ったそうです。

もちろん、英語が話せないよりは最初から話せる方が良いに決まっていますが、

そこまでにかけるお金と時間を考えた時、それほどの価値があるかという事を良く考えた方がよいと思います。


ところでなんですが…

私は大学受験までの英語のリスニング試験で、おそらく1問も間違えたことはありません。

英検は高1か高2の時に2級を取ったきり、受けていませんが、そこでの面接でも、聞き取れなかった事は一度もありません。

英語は、学校の授業と、「NHK基礎英語」を聴いていたくらいです。しかも、テキスト無しで。笑


英語は学校の授業でしか習っていなくても、そのレベルまでだったら十分対応できるという事だと思います。

ただ、私は英語という科目が大好きだったので、「教科」としての英語はよく理解していました。

ですから、聞くポイントがわかっていたのだと思います。

主語、助動詞、動詞、時制、そしてキーワードとなる名詞。

それさえ聞き逃さなければ、センター試験レベルで間違える事はありません。

リスニングが苦手な人は、そもそも英語という科目の理解が浅いので、聞くポイントがわからないのではないかと思います。

リスニングが苦手な人は、その文章をたとえ日本語で読んでもらったとしても、聞き逃したり忘れたりするような気がします。笑


ちなみに私が今までで、心の底から「もっと英語が話せたら…」と思ったのは2回だけです。

1度目は、学会でスペイン人に質問された時の英語がよく聞き取れなかった時。

これは、相手もネイティブではないので、私がもっと英語を話せたところで聞き取れなかったかもしれません。

2度目は、アメリカ人の先生を駅まで車で送った時。

なんと彼はパスポートの入ったバッグをホテルに忘れ、軽くパニックになってものすごい早口になり、この時はまったく聞き取れませんでした。笑

普通の穏やかな会話の時は問題なく聞き取れ、話していたのですが。

でも、こんな機会って人生で何度あるでしょう。

そもそも医者になれなかったらこんな機会は無かったかもしれません。

ですから、英語を話せるようになることよりも、英語を生かせるようなポジションに就くことの方が優先順位が高いのです。


最近、英語教育にやたらと時間とお金をかける親御さんが多い気がします。

それを否定するつもりはありませんし、教育熱心で素晴らしいと思うのですが、

それができない家庭であっても悲観しないで欲しくて今日の記事を書きました。

大学入試改革が進んで、大学受験でも英語は重要になってくることを考慮しても、

それだけでは、英語の成績も、大学受験も、人生も決まらないからです。

私の同級生のように、まずは行きたい大学に合格できるだけのバランスの良い学力を身につけ、

合格してから次のステップに向けて英語を勉強する、というのが理想的に思えます。


これは私の個人的な意見ですが、

英語が話せる子供になるよりも、

母国語である日本語の行間から機微を読み取れる子供になって欲しいと願っています。

そういう人間形成の方が、生涯にわたって大きな財産になると思います。


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